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2016年10月18日火曜日

チェコ・オーストリア旅行 2015年8月(2) ~プラハからクトナー・ホラ日帰りの旅~


ヨーロッパ旅行好きのププです。
2015年夏のチェコ・オーストリア旅行の様子を写真とともにお届けしています。
今日はチェコ2日目。プラハから電車で1時間ほどの場所にあるクトナー・ホラKutná Horaの街を観光します。

朝食と洗濯
 昨晩、プラハを観光しましたが、朝から晩まで観光できるという意味で今日が初日です。
朝食は7時前に食べました。量・種類ともに多く、満足。特に美味しかったのはプリンでした。

電車の時刻はまだ先なので、食後、部屋で下着を洗濯しました。
特に、夏場は汗もかきやすく、そのままだと不衛生になりますので、なるべく洗濯するようにしています。荷物も減りますしね。
普通の石鹸だとどうしても汚れは落ちづらいので、粉末の洗濯洗剤を持っていくようにしています。

プラハ駅に向かう
 9時になったので、ホテルの部屋を出ます。ホテルと駅は非常に近いので、すぐに駅に着き、目当ての列車のホームを確認するのですが、なかなか表示されません。
ひたすら待ちます。
ようやく表示されると、人々もぞろぞろと移動していきました。

ようやく入線してきた列車

先ほどの人の流れから、車両は混雑するのかと思いきや、一等車はがら空きでした。コンパートメントは一人で独占です。
1時間ほどの乗車時間ですから、敢えて1等車に乗る人は少ないようです。

クトナー・ホラについて
 クトナー・ホラは、プラハから65km離れた場所に位置する小さな都市です。銀鉱脈が発見され、造幣局も建設されたことから、プラハに次ぐほどの発展を遂げていたそうです。現在は銀も枯渇し、静かな都市になっていますが、かつて建設された聖バルバラ教会、聖母マリア大聖堂などは往時を反映を偲ばせるものとなっています。

クトナー・ホラは、クトナー・ホラ本とセドレツSedlec地区とに分かれており、クトナー・ホラの旧市街とセドレツ地区がユネスコの世界遺産に登録されています。
プラハからの列車が停車するクトナー・ホラ本駅はセドレツ地区にありますので、まずはセドレツ地区から見て回ります。


聖母マリア大聖堂
 聖母マリア大聖堂は駅の近くからクトナー・ホラ旧市街へ伸びる通りに沿って建っています。通りを歩いていくと、左手に大きなそれらしき建物が見えますのですぐに分かります。

14世紀に建設が開始され、16世紀にバロック・ゴシック様式で増築されたのだとか。外観はゴージャスな雰囲気はなく、シンプルです。

内部に入ると、さすが世界遺産にも登録されるだけの大聖堂だけあり、威厳に満ちています。高い屋根と静かな雰囲気で、いかにも『大聖堂』です。天井のフレスコ画も美しい。

祭壇には聖人らしき人が祭られています。かなりリアルで、キリスト教徒ではない私にはちょっと怖い感じもしますが、チェコの人にとってはありがたいと感じるのかもしれません。
この大聖堂の変わったところは、屋根裏を見られることです。大聖堂の天井を裏から見ると、こんな風になっています。
ミラノのドゥオモなど、屋根に上れるところはありますが、こんなところに入れる大聖堂はめったにないと思います。
ケルンなどに比べると、それほど大きな大聖堂ではありませんが、やはり半世紀以上も続く歴史と伝統を感じる素晴らしい建造物です。

納骨礼拝堂
 セドレツ地区には、聖母マリア大聖堂のほか、墓地教会(納骨礼拝堂)という教会があります。今回、私がクトナー・ホラで最も見たかった建物でもあります。
納骨礼拝堂は、聖母マリア大聖堂を背にして少し歩いたところに静かに建っています。外観は、とても小さく、落ち着いた感じです。
中に入ると・・・
骨、骨、骨!骨のオンパレードです。
13世紀後半、セドレツの修道院長がエルサレムの聖墓(ゴルゴダの丘)から持ち帰った土を撒いたことから、この墓地は聖地とみなされるようになりました。そのため、ここに埋葬されることを希望する者の遺体がポーランドやバイエルンなどヨーロッパ各地から殺到しました。
その後、教会が建設され、教会の地下を納骨堂として用いることになり、約4万人分の人骨が納められました。その人骨を用いて1870年、木彫家フライティセク・リントが人骨を用いた内装を制作しました。
人骨の聖杯に、人骨のシャンデリア、人骨の尖塔・・・
想像を絶する世界がそこにありました。

入ってみるまで、人骨がたくさんあるというのはどういう気持ちなのかわかりませんでしたが(普通はそうだと思いますが。)、実際に中に入ってみると、怖くはありませんが、ちょっと気持ちが悪いというのが正直な気持ちです。私は霊感が全くありませんし、そもそも「聖地」であり、しかも「教会」に埋葬されているわけですから、基本的に全て「成仏」(あちら風に言えば昇天?)されているはずですが、やはりこれだけの数がズラッと並んでいると、、、
これを制作した木彫家は、自分のサインも人骨で作成しています。やっぱりこの感性は、ちょっと私の理解を超えてしまっているな、という気がします。


クトナー・ホラへ移動して昼食
 納骨礼拝堂を見学して、セドレツ地区からクトナー・ホラへ移動します。両地区の移動にはバスを使います。バスの乗り場などについては、こちらでも解説しています。
たまたま私がバス停に着くと、良いタイミングがバスが来ました。バスは住宅街を通り抜けていくため、最初は乗り間違いかと思いましたが、無事、クトナー・ホラへ。ただ、このバス停も、街の外れにあるので、旧市街に行くにはちょっと歩く上、旧市街や観光地の方向についても表示がなく、迷いました。もう少し観光客への配慮があってもよいように感じました。
何とか旧市街に入り、まずは昼食を食べました。入ったのは旧市街にあるダチツキーDačickýというレストランです。ここでは、豚肉とサラダ、クレープ状のお菓子を食べました。
また、ビールとワインも飲みました。

豚はすごい量&スタイルで出てきて、存在感がありました。隣のテーブルのおばさま方からも注目されてしまい、写真を撮らせて欲しいといわれるくらいでした。ちょっと脂が多かった感じがします。

聖バルバラ教会
 昼食も食べ終わったので、クトナー・ホラを観光します。

必ず見なければいけないのが、聖バルバラ教会Chrám svaté Barboryです。旧イエズス会大学の裏手の感じの良い通りを進むと、典型的なゴシック様式の聖バルバラ教会が見えてきます。

この教会は、建設資金のほとんどがカトリック教会ではなく市民により調達されたのだとか。聖バルバラは鉱員の守護聖人であり、銀鉱脈のあるクトナー・ホラでは資金調達しやすかったのでしょう。それでも14世紀に建設開始されてから資金不足で何度も建設中断があったようで、16世紀にようやく完成したとのことです。
外見は多くの尖塔を持つ美しい教会で、内部も高く装飾の多い天井、美しいフレスコ画、豪華な祭壇、ステンドグラスなど、見どころが多くあります。

真正面から見るよりは、やはり側面に尖塔が重なりあう部分を見た方が、この教会の特徴的な美しさがわかるように思います。
教会の側の斜面ではブドウが植えられており、ワインも販売しています。せっかくなので、1杯飲んでみました。おいしかったのですが、ワインの匂いに寄せられて、ハエが寄ってきたのには困りました。

クトナー・ホラ本駅へ
 聖バルバラ教会を見終えたので、旧市街を見ながらクトナー・ホラ・ムニェスト駅に向かいます。

途中、いくつか教会がありました。これは聖ヤコブ教会。改修中で、中には入れませんでした。
こちらは聖マリア教会。こちらも入れませんでした。
クトナー・ホラは静かな小さな町ですが、立派な教会が多いのには驚きます。やはり、人々の心の中に、キリスト教が根付いているんだなと感じます。

クトナー・ホラ・ムニェスト駅は、ぼうっとしていると通り過ぎてしまいそうなほど小さな駅です。ここからクトナー・ホラ本駅までの列車があるので、それで本駅に向かいます。

プラハへ
 プラハ行きの列車は遅延していました。この日は暑かった上、クトナー・ホラ本駅にはゆっくり待つような場所もなく、冷房もないため、ホームへの地下道が唯一、快適な場所でした。
ようやく30分遅れで入線してきた列車には、残念なことに冷房がありません。
車内はガラガラで、やはりコンパートメントを独り占めできました。暑いので窓を開けるのですが、ストッパーが壊れているのか、窓は勝手に閉まってしまいます。暑さと疲れでおかしくなりそうでした。
車内放送で、列車の遅れは工事(Construction Works)によるものだと言っていました。確かに、チェコでは至るところで工事が行われています。経済が好調なのかなと感じました。
列車はプラハに1時間以上遅れて到着しました。疲れもあり、今日はそのまま休むことにしました。

明日はビールの街、ピルゼンに向かいます。


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